【関西ショールーム店長】尾山格です

1974年生まれ、愛知県出身。
9歳の時、一年間習っていた絵画教室がなくなったため、向いの家でやっていたピアノ教室に通い始めたのがピアノとの出会いでした。
中学校、高校とブラスバンド部に所属しトランペットを担当(唇が厚くなった)。クラシック音楽に目覚め、初めて買ったCDはブラームスのハンガリー舞曲集でした。その後、南山大学・独語学独文学科に進み、ドイツ語とドイツと日本の近現代交流史を学ぶかたわら、ドラマの影響で(同年代の方…もしくは上の方には分かると思います!)漕艇部に所属し、日本で7番目に汚れた川と言われる庄内川でオールを握っておりました。
大学卒業後3年間は別の職業に就いたものの、好きなピアノにかかわる仕事がしたいと一念発起。中部楽器技術専門学校・ピアノ調律科へ進学し、ピアノ技術者への道を歩みはじめます。
プレーヤー側でしかピアノを知らなかった私は、ピアノの知られざる部分の多さ、深さに日々驚き感動する日々でした。
ヨーロッパ、とくにドイツに憧れ、ヨーロッパ製ピアノをあつかうユーロピアノ(株)へ技術研修生として入所。ピアノ技術を極めるならピアノの本場であるヨーロッパのピアノを、と思ったのです。
「名古屋に帰れ!」と叱咤されつつも一年半の研修を終え、ドイツはTaiyo Piano Europe GmbHへ。
2年半のドイツ駐在中、現地で調律や調整に携わるかたわら、各地の楽器店を訪問してドイツのピアノ事情を知ることができました。
たとえば、防寒対策として(ドイツの冬は本当に寒いのです!)どこの家庭にも常備されている床暖房のせいで過乾燥になりがちなのですが、なすがまま。日本では冬場の過乾燥や床暖房の影響について説明すると、たいていのお客様は対策を講じてくださいますが…。結果、響板割れを起こしてしまっているのに皆さん、割と無頓着だったり。
あるいはドイツにはRuhezeit(午後の安静時間)というのがあって、その時間帯を避けて調律しなければいけなかったり。…日本では考えてもいなかったことの連続でした。
また、毎週決まった曜日になると新聞にピアノを探しているとか、ピアノを売りたいという広告が掲載されます。そこで個人売買をしたり、業者が査定に行ったりするわけです。日本でも最近、タウン誌などで見かけるようになりましたが、安価なピアノがほとんどです。が、ドイツの新聞には高級品~普及品まで、いろいろなものが載っていて、それを見ては(会社の)営業担当の人が電話したり、ピアノを見に行ったりして、中古ピアノを買い付けていました。これはこういうリスクがありそう、これはすぐにでも売れそうだと、私も中古の査定にドイツ各地に同行しました。
日本人は器用ですので細かい作業ではドイツ人よりも優っていると思いますが、なにしろ体格が違います。日本人から見るとたいていのドイツ人は大男。中にはたった一人でグランドピアノを運んでくる、あるいは二人でフルコンサートグランドをたたんで運んでしまうツワモノなどもいて、体力の違いに唖然とすることもしばしばでした。狩猟民族と農耕民族の違いでしょうか。
帰国後半年を八王子の技術センターですごし、北烏山の東京ショールームへ技術主任として配属されるました。2007年日本ピアノ調律師協会入会。その後、神戸へ。
ビールとウィスキーが好きな33歳です。


