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2008.12.21 来年100歳のピアノ


今、東京ショールームには来年100歳を迎えるピアノがあります。といってもそれがわかったのは数日前のことです。
はじめ製造番号が不明にもかかわらず、1894年製造という情報が流れて、社内でもそれで通用していました。しかし、「鉄骨フレームに製番がないのになぜ特定できるのか?」というお客様の質問で、実は支柱にあった工場内で通用するロット番号を製番と勘違いしていたことがわかりました。フレームの再塗装をする時に、製造番号まで消してしまう場合があり、製造年の特定ができないことがあります。塗装をする時、製番は塗りつぶさないでほしいと切に願います。(楽器は音色が良ければいいのだから、関係ないよというのがヨーロッパ人の考えなのでしょうか?)



あわてて確認したところ、ロット番号からでもだいたいの製造年がわかるようで、1909年製ということでした。今まで1894年製とお話していた方にも連絡をし、改めてピアノを見てみることにしました。ベヒシュタインのCモデルです。
外装は全てを再塗装しなおしたために、新品と見間違えるほど美しいです。脚も通称ダルマ脚と言っている丸型で貫録があります。譜面台が透かしの入ったおしゃれなのもいいです。「C.BECHSTEIN」というロゴも現行のものより大きく、太字というのが意味もなくかっこいいと感じてしまうのは自分だけでしょうか?
実際弾いてみると中低音の豊かな響きはもちろんですが、高音部のぽろぽろした音色は「やはりベヒシュタインだなあ」と思いました。現代のピアノでは味わえない響きです。
調整は担当技術者より「数値は何回も試行錯誤して決めたので、できるだけ変えないでほしい」言われました。中古ピアノの調整は数値というよりは、実際タッチをどう作るのか?ということがテーマになります。100年前の状況を考えながら作業していく、時間をこえる作業だと思います。「アブストラクトアクション」で、鍵盤とその上に載っているアクションがフレンジという部品で連結されています。調整が難しいのですが、弾いている時に鍵盤とアクションが離れないので、「ほんとうに指先からハンマーまでつながっているような感覚を得られる」「独特のねばりがある」とあるピアニストは話していました。

現在アップライトでも1898年製の8というモデルが展示してあります。こちらはさらに古い110年前のものですから、今でも弾くことができるというのが驚きです。非常に丈夫であるということの証明にもなります。
ぜひお越しの際には弾き比べてみてください。

2008.11.13 Bach


最近J.S.バッハの鑑賞法という内容の本を読みました。今でこそバッハといえば「音楽の父」という名を与えられていますが、死後百年位はほとんど忘れられていた存在だったようです。当時「バッハ」といえば息子のカール・フィリップ・エマニエルのことだったと。音楽の趣向、演奏の流行というのは移ろいやすいのだなあと思いました。
バッハの曲の多くを占めるのが宗教曲です。キリスト教について知識があるとより理解がしやすく、信者でなくとも曲を聴くと涙するという人もいるのだと、その本には書いてありました。
私はドイツ文学、歴史を学び、少なからずヨーロッパの歴史や、キリスト教文化に興味を持っているので、今後はなんとかバッハの宗教曲を理解できるようになれればいいなあと思っています。
ドイツにいた時、イースターの休暇でライプツィヒに行きました。それはトーマス教会でマタイ受難曲を聴くため。教会の木製の硬い椅子に座り、後方で奏でられる音楽が、教会の堂内に染み渡るのを感慨深く聴いたのを思い出しました。大学で聖書も少し読んでいたのと、ドイツ語の歌詞だったので内容は理解できました。しかし、その楽譜にこめられたバッハのメッセージを本当に理解するにはまだまだ時間がかかりそうです。3時間近くじっと聴き続けるのはさすがにつらく、記憶が途切れる瞬間もありましたが、貴重な時間でした。
読書後フリードリヒ大王に重用された、CPh.E.バッハのチェンバロ曲集を聴いていると、J.S.バッハよりもおしゃれで自由な感じがしました。宮廷で華やかに活躍、受け入れられるには、神への献身だけでは厳しかったのだなあと思いました。バッハファミリーの曲は多岐にわたり、すべてを聴くのは不可能な気がしますが、秋の夜長にじっくり聴いてみようと思います。

2008.10.10 安井耕一ピアノリサイタル


先日津田ホールで、安井耕一さんのリサイタルがありました。担当させていただいてる関係で招待状をいただいていたので、喜び勇んで聴きに行くことにしました。昨年ショールームでレクチャーをしていただいた時の無言歌が、はっきりとまだ耳に残っています。すごくピアニッシモの音がきれいで、しかもピアニッシモの音量に何段階もある。聴いていてぞくぞくした記憶があります。
それを家で話していたので、私の妻もぜひ行きたいということになり、当日津田ホールで待ち合わせました。あいにくの雨でしたが、会場は程よい緊張感と期待で満ちていました。ピアノはスタインウェイ、前ここのピアノを聴いた時はすこし高音が弱い気がしたのですが、今回はどうなのだろうか?ピアノに向って少し右に座り、準備万端。
ライトが消えてから安井氏がステージに出てくるまでに少し時間がありました。「演出?」と思うくらい長く感じたのですが、緊張感がより高まった気がしました。
解説によると、ハイドンのソナタ変イ長調Hob.46はチェンバロのために書かれたらしい。弱音の美しさ、転がるようなパッセージの弾き方に息を飲みました。思わず1楽章が終わったところで妻と顔を合わてしまいました。「すごいね」。
ピアノの高音がどうとかいうのは全く気になりません。と言うのも、弱音に幅があるとがんばって大きな音を出さなくても十分にメリハリがつくわけです。白眉だったのはベートーヴェンのテンペストの2楽章。特に中間のゆったりした楽章での弱音の美しさが際立っていたと思いました。
休憩時間もそのことについて話をして、後半のブラームスのソナタOp.5。若書きの作品にもかかわらず、すでにブラームス特有のメランコリックな曲調が漂います。私は終楽章のゆったりと勝ち誇ったようなメロディーが出てくるところが好きです。けっこうな大曲なのに非常に短く感じました。
安井さんはお疲れのはずなのに、3曲もアンコールを弾いてくださいました。ブラームスの間奏曲、シューマンのトロイメライ、ラストはブラームスの子守唄。「もう終わりですよ」というメッセージとともに、オルゴールのような音色で非常に驚きました。ペダルでこんなにも変わるんだなあとあらためて感心(技術者なのに情けないのですが)。
帰りも雨が降って寒かったのですが、心はいい音楽で満たされていました。

2008.10.03 イヴ・アンリ教授マスタークラス

先月の初めに東京芸術センターにおいて、イヴ・アンリパリ国立音楽院教授のマスタークラスが行われました。偶然私は調律のなおしをするために、レッスン後のミニコンサートに同席しました。レッスンの後で多少の狂いはあったもののなんとかさっとなおすことができました。「あとはゆっくりと演奏を聴こう」、と思っていたのですが、コンサートの来場者が予想より多い感じで、瞬く間に用意していた椅子がうまってしまいました。
これはまずいということで、急きょ他のラウンジより椅子の運び込み。何度往復したのだろうか、汗だくになりました。センターの方にも手伝っていただき、ピアノの周りを椅子がとり囲むような、本当にサロンというにふさわしい雰囲気にしました。
聴衆の熱気と降ってきた雨でかなり暑い(熱い)演奏。時間もミニとは言えないくらいの1時間半をこえてていました。フランス人の弾くショパンはやはり違うなあとその音色にほれぼれ。ちょっと疲れたが耳のリフレッシュ(失礼かな?)になりました。

2008.09.20 近藤嘉宏リサイタル


浜離宮ホールでの近藤嘉宏・オールベートーヴェンプログラムを聴きに行きました。
ベートーヴェンのソナタ5曲を一晩で弾いてしまうという(簡単に書いてしまいましたが)かなりのボリュームがあるプログラム。しっかりしたテクニックに裏打ちされた演奏、弱音の美しさが際立ちました。
「悲愴」、「月光」、「ワルトシュタイン」、「テンペスト」、「熱情」。「この5曲を弾いて調律はもつのだろうか?」と(すぐに技術者的思考で)考えてしまいますが、休憩中に少し高音をなおした程度でした。うーん、さすが。

近藤氏の演奏を聴いたのはこれで2回目。
前回は自分が専門学校の学生だった頃、名古屋で3台ピアノの弾き比べをメインにしたコンサートでした。ニューヨーク・スタインウェイ、ハンブルク・スタインウェイ、そしてベヒシュタイン。当時はどういう考えの下でそのピアノが作られてきたのか考えてもいなかったし、世界の銘器が聴けるというだけで興奮していました。ましてや、その後そういう楽器を触り、売っていくとは考えてもいなかったのです。

今は各メーカーの歴史、構造コンセプトなど少しは分かってきたつもりですが、自分の音の好みだけで楽器を選ぶことができればいいなあと本当は思います(弾きやすさ、大きさ、年式、置き場所、価格、とピアノ選びの基準はいろいろあり、それらを合計した平均が自分にとってのよいピアノだと思いますが)。いろんなピアノをたくさん持てる環境であれば一番よいのだけれど、普通ではそうもいきません。自分の好み(すべての要素の平均値)を少し強引でもいいから見つけていく。そうでもしないと一台だけのピアノを選ぶというのは難しいことです。
好きなピアニストを聴きにいくだけでなく、そこに興味あるメーカーのピアノを聴きに行くという考えもあると楽しみ方も増えるのでは?と思います。

2008.09.08 Bechstein A.3の納品


先月末の雨の降った蒸し暑い日、ベヒシュタインの納品にうかがいました。
美しいマホガニー外装のベヒシュタインA.3、床暖房と防振対策で敷板も同時に納品。黒い色がピアノと部屋にうまく合うか気になってましたが、窓枠、家具も黒のものが多く、写真フレームも黒。杞憂でした。
悪天候のなかトラックに載せられてきたので、かなり調律が乱れていました。うーん(汗)。

お嬢さんがはじめて出した音も少しモワーンとしていて…。

こういうこともあろうかと調律工具は持参済。さっと気になる部分をなおしました(ほっ)。納品後の調律までおよそ一ヵ月ありますが、それまですこしでもいい音で弾いてもらいたいので。
一ヵ月後はもう涼しくなっているでしょうから、調律も落ち着くでしょう。

蒸し暑い夕方、ゲリラ豪雨を警戒しつつショールームに戻りました。

2008.08.30 ピアノがやってきた♪

雨の降る早朝、8時半にピアノ(ベヒシュタインClassic118)がやって来ました。顔見知りの運送屋さんが「尾山さん、買ったんですね(笑)」と話しかけてきました。得意げに、しかしそれを悟られないように「ええ、まあ」と言葉を濁しつつ返答。妻は実家に帰っていたので電話をかけ、「今来てるよ」と話しながらピアノが上がってくるのを待ちました。

階段3階上げはやはりきついようで、雨で少し肌寒いはずなのに汗だく。「ご苦労様です」と声をかけ、コーヒーを差し出しました。モーニングショット。
ほとんど何もなかった部屋にいきなり現れたピアノは、その存在感がびしびし伝わってきます。背は低めなのに。ポローンと音をイメージして鍵盤を押さえて…が、(期待に反して)この天候の中を運ばれてきたピアノは「ミヨヨ~ン」という感じの音で答えてくれました。こういう時、技術者としては気になってしまうのです。が、「どうせすぐに狂ってくるし…少しこの環境に慣れさせてから。」と心に言い聞かせてコーヒーを飲みました。

ちらりと視線をピアノの方へ。そいつはそこにいました。うーん、うれしい♪

その日は一日中雨。翌日からは仕事。しばらく調整の時間を取れそうにありません。当面はピアノを眺めるだけの日々が続きそうです。

下の階の人への挨拶もこれから。妻が戻り次第、挨拶して、調律して、調整して、練習して、とこれから忙しくなりそうです(と言っているうちにすっかり秋が深まっていたりして…)。

2008.08.16 ついにベヒシュタイン購入!


以前洋琴日記にも書いたのですが、「いつかはベヒシュタインを購入したい」という思いがついにかなう時が来ました。
ここ最近の広範囲にわたる物価の上昇、ユーロの高止まりなど、輸入ピアノにとってはかなり厳しい状況が続いており、ベヒシュタインからも9月から値上げをするという話が来ました。私としては異例の時期の値上げということで、値上げ幅が気になりました。
思えば私が技術研修生としてユーロピアノで勉強をはじめた時、ベヒシュタインのクラシック118は¥1,750,000だったような気がします。それが今では¥2,400,000。早くに購入しておけばと後悔していた昨今、また値上げの話が。
「今しかない」と決心するのにそう長くはかかりませんでした。しかしいざ購入となると、資金の調達もありますが、置き場所についても考えなくてはならず、家族会議が早急に開かれることになりました。なんとか資金は大丈夫となり、置き場所としてはドイツのIKEAで購入した机を処分することに決定しました。無理やり日本へ持って帰ってきたのですが、日本の家屋には大きすぎ窮屈な2年間を過ごしていました。そしてここへきてお役御免ということに。お疲れ様。
そして先日、一応妻もショールームへ検品に来てクラシック118(ウォルナット艶消し)を契約しました。お客様にいろいろと勧めるのが職業ですが、実際自分が契約するとなると緊張しました。ショールームではいい感じで聞こえるけど、実際部屋に入れたらどうなるのか? 下の部屋に影響はどのくらいあるのか? 結構湿気が多い部屋だけどどうだろうか? 考えるといろいろな課題、疑問点が生じてきました。「なんとかなるだろう」という気持ちもありますが、やはり真剣に考えました。
契約後は納品までが待ち遠しく、納品後はどう音が変わっていくのか? どう生活の一部になっていくのか? いろいろと楽しみがあります。
世界最高のアップライトと信じているベヒシュタインを、大事に弾いていきたいと思います。メンテナンスもしっかりしないと。
次回は納品、納品後について書こうと思います。

2008.08.09 第1回ユーザー・コンサート

先日ショールームでは、弊社よりピアノを購入された方の発表会が行われた。
初めての試みだったので、参加される方の反応など気になったが、人前で弾くという場を提供することが出来てよかった。緊張されて思うように弾けないという方もいらっしゃったが、感想はみなさん出てよかったとのこと。終了後は飲み物を手にユーザー同士で歓談。レッスンやマイ・ピアノへの愛(!)など、同好の志としての親睦が図れたようだ。
今回、予定が合わず参加できなかった方からも「ぜひ2回目をやってください!」と言われている。これを皮切りに何回も続けていけるといいなあと思う。

良い楽器は弾き手のサポートをしてくれる。その逆も真なりで、良い弾き手はどういう楽器でもうまく弾いてしまう。良い楽器と良い弾き手がいれば、それは言わずもがな。

近日購入予定の僕も弾くことになった。普段少しは弾けるように練習をしているが、聴いてもらうというのは久しぶりで緊張した。付け焼刃ではあったが、一週間前からは早朝や終業後に練習をして、なんとか止まらずに弾けて・・・、いなかった(汗)。
ドビュッシーの「夢」、自分は必死で弾いていたが、すごくきれいなメロディーで、ベヒシュタインで弾くにはうってつけ。ただ、弾き手の練習不足はどうしても露呈してしまう怖いピアノ。もっともっと練習しようという気になった一日だった。

プログラムは以下。

田中カレン:おおぐまこぐま
ベートーヴェン:エリーゼのために
ショパン:ノクターン No.20 遺作
自作:カンブリア~ヒドラ
ドビュッシー:夢
岩代太郎:The Graces In Your Eyes
メリカント:夏の夜のワルツ Op.1
ショパン:子守唄 Op.57

2008.06.30 梅雨の山梨へ納品に行ってきました


6月末に山梨へ納品に行ってきました。
ベヒシュタイン・クラシック124、今ではコンサート8に次ぐ上級機種です。雨の中の納品でしたが、玄関横の車庫には屋根もあり、ほとんど濡れることなく納められほっとしました。山梨は降雨量が少ない県と聞いたことがあるのですが、その日は本当によく降っていました。
そのあと調整と調律を一時間半ほどおこないました。すこし上のほうが高くなっていたのですがうまく修正できました。少々の移動ではほとんど狂わないのがベヒシュタインのいいところ。これからゆっくりとお客様の家で時間をすごすことになるのだなあと思いつつ。今後どのように音が変わっていくのかがまた楽しみです。
帰りにスモモやお菓子、枝豆をたくさんいただいた。さすがフルーツ王国山梨だと思いました。スモモは甘酸っぱくおいしかったです。他にもさくらんぼ、もも、ぶどうといろいろ思いつくのだけど、山梨は日照時間が長いようで、果物の栽培には適しているらしい。盆地で夏の気温が高いというのも関係あるのかも。
山梨は八王子に住んでいる者にとっては、とても行きやすい場所。山や高原もあるし、美術館もいい。特にミレーやバルビゾン派のコレクションは充実しています。中でも岩波書店のマークであるミレーの「種まく人」は有名。御坂峠に河口湖方面から登り、甲府側へ下りた。緑が目にまぶしく癒されました(太宰治の「富嶽百景」を読み返したのは言うまでもない)。一度日本で二番目に高い北岳にも行ってみたいと思うけど、けっこう麓に辿り着くだけでも大変らしい。

2008.06.20 島田虎之介氏来店


先日、島田虎之介氏が再来店されました。以前作品の取材でショールームと八王子の技術センターへも訪問されていて、今回はその時の取材をいかして描かれた「トロイメライ」が手塚治虫文化賞を受賞したことの報告で来店されたのでした。
詳しい内容はこちら
あいにく私は休んでいて(前回もお会いしていない)、妻から「ぜひ次に来られた時にサインを」と頼まれていたのに、それが果たされず残念でした。作品は「東京命日」、「トロイメライ」、「ラストワルツ」の順に読ませていただきました。私は一度ではよく理解できず、二度、三度と読みかえしていくうちに様々な伏線が絡み合って、クライマックスをむかえる手法にカタルシスを覚えました。特に「ラストワルツ」、「トロイメライ」はナチス・ドイツの話が出てくるので、非常に興味深いです。ナチス・ドイツは非常に残虐な行為をしましたが、それによって医学、工学、産業、芸術などもかなり発展したと聞きます。その庇護のもとにあったということで、ベヒシュタインは工場が破壊され、戦後の復興が遅れました。その辺りの話や、ワグナー家とナチスの関係、最近話題のカラヤンやフルトヴェングラーなども、何かの折りに描いてほしいなと勝手に願っています。
「トロイメライ」は、ドイツで作られたWallfahrt(巡礼)という名のピアノが様々な旅を経て、様々な人の人生に関係していくという話(かなり話をかいつまんでいて要領を得ないと思いますので、ぜひとも一読を)です。はじめこの話は一体何なんだろう?とわからないのですが、終りに近づくにつれ、それらの話が一気に集結していくので、読後がすごくさわやかになります。それには二回から三回は読み込む必要があると思いますが。高尾山もでてきたり、「八王子の工房へピアノを運ぶ」という記述、ベヒシュタインのロゴも描かれていて、ユーロピアノをすこし連想して読んでいました。
映像関係の勉強をされていたようで、読んでいて映画を観ているような感じだと妻は話しています。独特のタッチの画もストーリーもほんとうにおもしろいです。

ぜひ次回来店された折りには、サインをもらえるように本を会社に常備しておこうと思います。

※写真はベヒシュタインとシマトラ先生とのツーショットです。

2008.05.20 相当古いピアノ

先日私用で松本に行ってきました。
その時に旧開智学校を見学し、思わず日本の古いピアノに出会いました。
明治6年(1873)に開校、明治9年に校舎が新築され、昭和38年(1963)まで90年間使用されていた、日本で最古の小学校の一つだそうです。


校舎の展示室に一台の古いピアノがありました。NISHIKAWA & SONSという日本のピアノ作りの礎となったメーカーのものでした。1918年のもので現在は弾くことができないようでした。こっそりと音を出してみたいという衝動に駆られましたが、ぐっとこらえました。外の風貌を見ても貫禄があり、当時はほしくても手が出にくい価格であったろうと想像しました。西川ピアノの西川虎吉、日本楽器(現在のヤマハ)の山葉寅吉と日本のピアノの基礎を作った両名が「トラ」という名がはいっていることが以前から気にはなっていて、生まれた年の干支かな?と思ったのですが、西川虎吉が1849年、山葉寅楠が1851年の生まれなのでどうも違う。当時の男の名前には「トラ」が多かったのかな?と考えることにしました。日本のピアノ作りの歴史は「日本のピアノ100年」(草思社)にくわしいです。

今、東京ショールームにはそのNISHIkAWA & SONSよりも古いベヒシュタインのピアノ、モデル8があります。1898年の製造ですが、再塗装、ハンマー、弦など消耗部分は交換し、今でも枯れた渋い音が魅力の楽器として弾くことができます。110年前のピアノが約300万円で現在も取引きされているのは、その希少価値もありますが、何より楽器として弾き続けられるという丈夫さへの評価の表れでしょう。象牙の鍵盤に指をのせてみると、現代の楽器には得られない「時代の音」を感じることができます。19世紀末のべルリン、ドイツはどうだったのか?ちょっとその歴史を調べてみたくなります。もちろん新しいピアノには新しい音がふさわしいですし、古い楽器では激しい表現は難しいかもしれません。しかしヨーロッパの楽器は確実に時代の音を背負って、発展進化してきています。各メーカーの楽器を弾く時に、その歴史的背景、時間を感じることができればもっと演奏、練習が楽しくなるのではないでしょうか? 今なら比較指弾もできるので興味深いと思います。

2008.04.13 ドイツで考えたこと「コンサートあれこれ」


最近ピアニストのアルフレート・ブレンデルが、今入っているスケジュールを終えた後、演奏活動をやめるという話を聞きました。個人的にとても好きなピアニストだったので残念でしたが、ブレンデルの年齢を考えるとやはり仕方のないことだとも思います。死ぬまで演奏活動を続けたい人もいれば、あまりひどい演奏をしたくないから早々と引退する人もいます。
ドイツに住んでいた時に、幸運にも二回、ブレンデルの演奏会に行くことができました。アンコールで聴いたバッハが忘れられないです。何度も何度もアンコールでステージに戻ってきてお辞儀をしていた姿が印象的でした。

コンサートは主にデュッセルドルフやケルンのホールで聴いたのですが、ドイツのコンサートチケットには非常に便利で驚いたことがあります。はじめのころはチケットに書かれている文面をじっくり読んだことはなかったのですが、実はチケットにはホールまでの行き帰りの交通費も含まれていることがあるのです。
私の住んでいた町(刃物で有名なゾーリンゲン)からケルンは電車で約30分かかるのですが、チケットがあればコンサート当日の17時以降、翌日の朝10時までは行き帰りの交通費が無料になります。税金やチケット代にその金額が含まれているのでしょうが、そんなにチケット代も高くないし、ゾーリンゲンからの往復代金(約10ユーロ)を考えるとやはりお得です。
コンサート前に一杯ひっかけるのもよし、コンサート後(22時過ぎですが)にレストランで食事をしてゆっくり深夜に帰宅するもよし、といろいろと考えられています。日本のコンサートは結構高くて、交通費が出るということもないので、この差は大きいと思います。
また演奏者が急にキャンセルをした時のお客さんの反応もだいぶ違うことを知りました。
エマニエル・アックスを聴きに行く予定で会社の同僚とチケットを買っていたのですが、コンサート前日に「体調不良のため違う演奏者でコンサートを行います」と文書が届きました。チケットは払い戻しにならないようなので、ちょっと不機嫌になりながらも演奏会に行きました。
その時の代役はアンティ・シーララという日本にも毎年来ているフィンランドの若手ピアニストでした。けっこう空席があるだろうと予想していましたが、意外にも席は埋まっていて反応も上々でした。こういうハプニングを受け入れる風潮が強い気がしました。そして好評だったためか翌年の定期演奏会予定にシーララがはいっていました。

とはいっても気に入らなかったらチケットを投げつけて帰る人もいます。
チック・コリアを聴きに行ったのに、出てきたのはセシル・テイラーというピアニスト。演奏が即興ばかりで、テクニックはすごいけど個人的には面白くなくて途中で出ました。あとでテイラーはベヒシュタインを愛用していると聞いて「はやまったかな?」と思いましたが。(その時はS社のピアノでしたが)

日本でコンサートはごくたまにしか行けないのですが、仕事を早く切り上げて駆けつけ、急いで帰宅することに文化の差を感じます。演奏後の余韻を楽しむゆとりがないのは残念なことです。
逆に、ヨーロッパのコンサートは演奏を聴きに行くのと同時に社交の場。演奏後のおつきあいではお互いに気を遣うこともあるわけです。

演奏をしっかり聴くことをメインで考えると日本のほうが気が楽であるともいえますが、このあたりが文化的、国民的な違いなのでしょうか。

2008.03.11 Musikmesse楽器見本市

昨年の11月にパシフィコ横浜で楽器フェアが開催されましたが、ドイツでは毎年3月から4月にかけての4日間でFrankfurt Musikmesse「楽器見本市」が開催されています。

メッセMesseというのは直訳すると「見本市」で、ある業界のいろいろな企業が、自社の製品を見せるために集まり、取引の商談、製品の情報交換など様々なことに利用されています。ドイツでは年間100を超える国際見本市が各地で開かれているそうです。
メッセにはもう一つ「ミサ」という訳もあり、私はメッセと聞くと、大学時代に一人旅をした時、「来週ミュンヘンで大きいメッセがあるから宿代が高くなっている」と聞きつけ、急いでミュンヘンを訪れ教会の周りをうろうろしたことを思い出します。「ドイツはホントにミサに来る人が多いのだなあ」と。

私は今までに二度フランクフルトのムジークメッセへ行きました。一度目は見学、二度目は出展企業の社員として。関係者に聞くと、年々楽器業界は縮小傾向にあり、展示建物の空いているスペースが増えてきたと言います。私個人としては、会場内をバスを使って移動するのに驚き、ビールを飲みつつ商談をしているのにもドイツらしさを感じ、すべてが興味深かった記憶があります。今年は、私は行きませんが、同僚で行く人がいるので、結果報告を楽しみにしています。

楽器を展示しているムジークメッセの会場はとにかく人が多く、ものすごい量の音があふれています。それは騒音と言っても過言ではないほどです。楽器好きの人、腕自慢の人、新製品をチェックしようとする人などさまざまで、あちこちで音楽がまざりあった音が鳴っています。ピアノ展示スペースは、ピアノサロンと呼ばれ、他の電子楽器、打楽器展示場と比べると格段に静かですが、それでもブギウギをフォルテで弾きまくり、急きょ競演がはじまり、その白熱の演奏でとてもじっくりピアノを弾き比べられる状況ではないです。最近ではメッセ期間中に会場の他に場所を借りて、お客さんを別に呼ぶ企業も増えています。会場からさらに別会場にも来ていただけるということは、それだけ興味や購入などの見込みが高いわけですから、企業として経費はかかるがそれに見合うものがあるのかもしれません。一般の方には、一種お祭りのような場所ですが、企業にとってはその年の業界の状況を把握する大切な機会です。

最近のムジークメッセはやはり中国勢力のすごさを感じます。ピアノにおいても半分近くは中国なのでは?と思えるほどです。製品の質はピンキリで、かなりイイ線いっているメーカーもあれば、「調整ってなんですか?」と店員が聞いてくるところもあります。まあかつての日本のメーカーも同じような状況で、そのうちに淘汰されていくと思いますが、日本のように上位3社でほぼ100%を占めるというような状況にはなってほしくないと思います。いろいろなメーカーがあり、そのいろいろなピアノを選べる状況が業界としては健全だと思います。(すでに中国も上位6-7社に絞られてきているという話も聞きます)

今年のメッセの結果報告を聞いたら、また何か書きたいと思います。

2008.02.26 お客様宅で

最近お客様宅へ調律、調整に行くことが増え、到着直前に道に迷ったり、調整に自分の予想時間をこえてかかってしまったり、いい意味で緊張しています。

この前プレイエルを調律に行った折り、自分ではあまり気にしていなかった調整時の後ろ姿をお客様がお撮りになっていたようで後日送っていただきました。「こういう感じなんだー」と妙に感心して眺めました。
以前先輩技術者に、「お客さんは調整時には後ろ姿を見ているから、常に緊張していないと」と注意されたのを思い出しました。今まで音や調整の具合に気を取られ、けっこう焦って見苦しい姿になっていることもあったのかなと思います。
後ろ姿にまで気を遣うというか緊張して仕事をしている人は、モデルさんや芸能人の他にどういう仕事があるのかな?とあらためて考えました。特に自分は初め緊張していても、徐々にそういう雰囲気に慣れてくると、周りの目や状況を気にしなくなりがちです。
お客さんと調整の内容、意味など話しながら手を動かすということに慣れていけば、自然と落ち着いた後ろ姿になるのでしょうが、やはりまだそこまでの余裕がなく、ついつい自分の世界に入ってしまいます。余談ですが、その先輩技術者は慣れすぎて、無意識のうちに調律が終わっていたこともあるというつわものですが、さすがに焦ったと話していました。まあそこまでくると逆にたいしたもんだとも思いますが。

ちなみにドイツ語で「後ろ姿」はder Rueckenといい「裏側」という意味です。「後ろhinter」ではなく「裏rueck」という表現が興味深いです。人の裏側を表す「後ろ姿」、緊張します。

自分の理想は、「調整・調律時にその内容をお客さんに説明しつつ、理解していただき時間内に作業を終え、その効果で感動を与える」ことだと思います。もちろん時間的制約があるので、いつも自分が満足いく調整ができるとは限りませんが、お金をいただいて作業をするわけですから、「感動を与える」ということは常に考えています。ピアノは他の楽器と違い、技術者の占める割合が非常に高いので、定期的な調律・調整の重要性を伝えていきたいです。どういう状況でもその時のベストで臨み、効果を上げられるよう努力していきたいと思います。

2008.02.10 リストハウス

先月テレビの名曲アルバム100選でリストが取り上げられていて、その中でWeimar(ワイマール)のリストハウスの様子が映っていました。
有名なリストに貸し出されたベヒシュタインも、曲に合わせて大写しされていました。
私は2年ほど前に一度ワイマールへ行き、リストハウスも興奮気味に訪問しました。
二階の展示室はリスト自筆の手紙や、書き込みのある楽譜、デスマスクなどが展示されていました。
そしてお目当てのベヒシュタイン・フリューゲル! やはり大きかった。装飾も凝っていて存在感が違いました。
しかし蓋は閉じられたまま、鍵盤蓋さえ係の人に開けるのを止められ、写真撮影も制止されました。
「ピアノ技術者をしていて、ぜひ見たいのです!」とくいさがりましたが、「Nein!(ダメ!)」と突っぱねられました。
うーん、こっそり見たかったけど、それ以降監視の目がきつかったので、結局はポストカードで我慢しました。

リストハウスにはベヒシュタインの他にもう一台アップライトがあり、それはイバッハのものでした。
現存する最古のピアノメーカーと教えられ、私が働いていた会社に出入りしていたマイスターが、修業時代を過ごしたイバッハ。
今はWuppertal(ヴッパタール)の近く、Schwelm(シュヴェルム)に工場があり、私も見に行ったことがありますが、実際楽器は違う場所で作っていると聞きました。

ワイマールの美術館(Kunstsammlung)は期待せずに入りましたが、クラナハのコレクションは結構なものでした。私の好きなフリードリヒの絵も3枚ありうれしかったです。
ヨーロッパの美術館は、その建物自体が見るに値するものが多いです。そこもかつてはワイマール公の城だったそうです。広大な公園の一角にあり、ゲーテの創作小屋(山荘)もありました。

また建築で忘れていけないのがBauhaus(バウハウス)。Dessau(デッサウ)とワイマールは、バウハウスの本拠地だったので、その手の建築物も多いです。プレハブ住宅の先駆けとなったといわれる建物もしっかり見てきました。1919年のワイマール憲法も歴史をかじったことがあれば聞いた事があるでしょう。
歴史上、文化や芸術、政治的にも非常に重要な都市だったのだなあと思いました。もちろん今でもリスト音楽院に学ぶ日本人も多く、観光地として憧れる都市です。夜は名物の黒ビールとソーセージで腹を満たしました。

2008.01.28 プレイエルの現在、そして今後

先日あるお客様が、「プレイエルって倒産したんですよね?」と、おっしゃっていたのを聞いて大変びっくりしました。
情報の出所が気になりつつ、すこし調べてみました。
昨年で創業200年を迎えたプレイエルに、また新たな動きが出ているようです。
プレイエルは以前、南仏のアレス(Ales)という町に工場があったのですが、昨年の10月にパリ郊外のサン・ドニ(Saint-Denis)に移転しました。そのことが「倒産」という誤解を招いたのではないかと思います。

今後は、名門サル・プレイエルでの音楽活動とピアノ製作の距離を縮めることにより、さらに質の高いグランドピアノの製作にエネルギーを注いでいくようです。アップライトピアノは、工場の引っ越しに伴い、高級品の製造に特化していくため、一時的に供給機種が限定されるようです。

(上掲2つの写真はサン・ドニの工場概観とアップライト調整作業の様子)

ピアノはやはり楽器なので、それを演奏する人の意見、聴いた人の意見を直接聞くことができることは、メーカーとして重要だと思います。サル・プレイエルにリメイクされたフルコンサートピアノ P-280を設置し、ホール正面玄関横にショールームを構え、パリ近郊に工場を移転させたことで、それがより密になっていくと思われます。これまでもサン・サーンスやフォーレ、コルトーなどフランスを代表する作曲家・演奏家に愛用され、その都度様々な意見を取り入れ、ピアノに反映させてきたプレイエルに今後も期待したいです。
しばらく前のNHK放送「ぴあのピア」で、フランス音楽を扱っていましたが、そこにもプレイエルが多数登場していました。サン・サーンスはピアノ協奏曲や交響曲の作曲家と思っていましたが、今度は室内楽をじっくり聴いてみたいと思いました。そして本場フランス、パリで奏でられるプレイエルを、私も一度じかに聴いてみたいです。

またプレイエルに関して新しくわかりましたら、この日記に書いていきたいと思います。
http://www.pleyel.fr/プレイエルのフランスのHPアドレスです。
フランス語が中心なので、内容がよくわかりませんが、特別デザインのピアノなどの画像もあるので見ていて面白いです。参考までに。

2008.01.22 金と銀












ヨーロッパのピアノ、特にアップライトでは木目のものが好まれている気がします。

国産のものが黒艶出し塗装で一般に広まったせいでしょうか、日本では「ピアノは黒いもの」という考えが根強い気がします。大量に作るピアノの外側の木目を、わからなくするために黒で塗りつぶし、価格も安く抑えたことが広まる大きな要因でした。
そういう自分も今でこそ木目のピアノに慣れましたが、ユーロピアノで研修を始めた頃は、木目のピアノが多いことにちょっと驚きました。

私どもの看板商品であるベヒシュタインも、アップライトは木目のものがよく売れています。
部屋の家具や床材に合わせてという方が多く、また黒だと存在感がありすぎて重い感じがするという方もいらっしゃいます。
自分自身、以前使用していたピアノ(国産の福山ピアノというメーカー)も黒でしたから、次に購入するものは木目がいいかな?と考えています。

そんな中、ショールームには現在5台の黒艶出しのベヒシュタイン・アップライトが展示してあります。
一台は100年以上前のモデル8をオーバーホールしたもので、その風格はやはり一目置いてしまいます。音色も実に品があり落ち着いています。歴史の詰まった音と言えるでしょう。ベヒシュタインの堅牢なつくりを実証しています。
それ以外のものは新品で、バランス116とミレニアム116というモデルが2台ずつあります。
この2機種は中身の構造はほぼ同じで、外装のデザインが若干異なります。(価格もそれに伴い70万円の差があります)











そして今ご覧いただけるのは、金属部分がゴールドのものと、マット・シルバーのタイプで、この4台が同時にあるのは非常に珍しいと思います。これまではゴールドのものだけを展示していましたが、艶消しのシルバーもよりモダンな感じであうのでは?と、今回入れてみました。

鍵盤を支える棚板と腕木と言われる部分が、ピアノの響板と支柱部分のバックに直結しているため、音がタッチの変化により敏感に反応し、自分の弾いた音がすばやく返ってくる感じがします。加えて黒艶出しの塗装ですので、出てくる音も華やかさが増していると思います。
はじめは木目を希望されていたお客様でも、「弾いてみるとこの黒艶出しのものもいいのよね」ということで、ミレニアムやバランスに購入機種が変わることもよくあります。さっそくショールームで調整をしまして、ベストな状態でご覧いただけるようにしています。一度お試しください。

Reden ist Silber, Schweigen ist Gold (雄弁は銀、沈黙は金)と言いますが、黒いピアノには銀色もかなりイケていると思います。

2008.01.18 【クイズ】これは何でしょう?


これは何でしょう?

小引き出しのたくさんある洒落たキャビネット?










じゃ~ん!!!
実はこれピアノなんです。

船で使用するためのピアノということで、モデル名もずばり”for Boat”。
プレイエルのこのような形のピアノは、過去に一度見たことがあったのですが、今回のものはさらに「家具」という感じが強まっています。飾りだけの引出しのノブ、開けられそうな扉、芸が細かいです。
船上で場所を節約するために、このような構造になったと聞いていますが、鍵盤が出てくる時はやはり驚きますね。お客様の反応を見るのが楽しいです。

さて肝心の弾き心地についてですが、1954年製のこの箪笥型ピアノの音色は、ひと言「まろやか」です。弾きこまれてきたせいでしょうか、もともとのハンマーなど素材のせいなのでしょうか、今の楽器には少ないやわらかな響きがあります。あのタイタニック号でも似たようなピアノが使われていたかもしれませんね。
普段は鍵盤が縦になっていて、弾く時に鍵盤を倒してくる構造なので、鍵盤とメカニックの接点で多少の無理があるのですが、それを差し引いても雰囲気のあるいいピアノです。一度見に来てください。

2008.01.08 ドイツの新年


ドイツの新年は日本と違って、ものすごくハッピーという感じはなかったような記憶があります(私見かもしれませんが)。
それはクリスマスにかなりの力を入れているからなのかな?とも思いました。大晦日(ジルベスター)を迎えるまでに最大のイベント、クリスマスがあるので、息切れをしてしまうという印象です。
日本人としては、夕方4時くらいにTVで「日本で新年が明けました」というニュースを見ると、何かしら緊張感が薄れる気がしました。まだこっちは明けてないのに…。

ドイツで驚いたのは午前0時の年明けとともに、爆竹、花火が夜空にとどろくことです。それはどんな小さな町でも同じだと思います。日本の「往く年来る年」のような厳かなものを期待しているととんでもないことになります。すごく寒くて凍りつくような時間なのに、外に出てわいわいやっています。もちろんアルコールを片手にですが。
そして夜が明けると、火薬のにおいと大量のゴミが道路一面に散らばっています。さわやかな元旦というわけにはいきません。

さすがに元日はひっそりとしていますが、翌2日からは仕事も始まります。正月三が日というのはドイツではないのですが、日本人はどうしても年明けしばらくはのんびりとした気分のままです。
盆と年末年始くらいしか休めない日本人とは違い、夏の長期休暇、クリスマス休暇、さらには復活祭など結構ヨーロッパのキリスト教国は休みが多い気がします。メリハリを利かせて、仕事とプライベートをきっちりと分けることができると効率も上がるのかな?と思いました。

この時期のピアノの移動はけっこう大変です。特に外装が艶出し塗装のものは、外気がマイナス15度くらいになると割れてしまうからです。運送業者もそのあたりはよくわかっているようで、運送を取りやめることもあります。また搬入した後で割れが見つかるというケースもあります。日本だと北海道なんかはかなり似たような状況なのでは?と思います。その対策としてロシア製のピアノはかなり塗膜が柔らかいと聞きます。

ドイツも最近は床暖房の家が増えてきています。乾燥しがちな冬場でさらに空気が乾燥しますので、ピアノには注意が必要です。うかがったお宅で、既に響板が割れかかっているピアノを見た時はドキッとします。加湿に努めていただくようお話をしつつ、床に絨毯を敷いていただくとか、なるべく直に空気がピアノにいかないようにしてもらい様子をみます。乾燥だけが原因ではなく、温度湿度の急激な変化がピアノには大敵ですので、ご用心ください。

新年の恒例となっているウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートを見ながら、「今年はフランス人が指揮者か」と少し意外でした。ジョルジュ・プレートルという指揮者を自分はあまり知らないのですが、ウィーンの交響楽団とも共演をし、ウィーンではなじみ深い人のようです。曲がフランスにちなんだ曲が多かったのは面白かったです。ナポレオンが出てきたのを快く思っていなかった貴族たちが多い中、どういう状況で演奏されていたのかなあ?と考えたりしていました。
J.シュトラウスの曲でのコンサートはそうないので、毎年このウィーン・フィルのコンサートは楽しみです。楽友協会のホールは見学をしたことはあるのですが、生の演奏を聴いたことはないので、いつかは私もニュー・イヤー・コンサートを聴きたいなあと思っています。またこのホールの中にはベーゼンドルファーのショールームもあります。今後どういう展開を見せるのか業界の中にいる者には興味津々です。

2007.12.22 ドイツのクリスマス


もう12月も半ばを過ぎ、クリスマス、年末が近づいてきました。日本でもいたるところでイルミネーションが輝き、かじかんだ心が浮き立つようです。ちょっと烏山ショール-ムの話からはずれるのですが、ドイツで生活していた時に考えたことを少し書いてみようと思いました。

ドイツ語で「クリスマス」は、Weihnachaten(ヴァイナハテン)といって「神聖な夜」という意味です。クリスマスというのは「キリストのミサ」という意味なので、ちょっとニュアンスが違う気がします。ドイツは古代ゲルマンの風習などを取り込んでいるので、少し違ったクリスマスということなのでしょうか。
私はドイツ(ゾーリンゲン)に二年ちょっと住んでいたのですが、この時期は近くの町のクリスマス市に毎週末行っていました。有名どころはニュルンベルクやドレスデンですが、近くのケルンやデュッセルドルフもなかなか立派なものでした。無宗教な私はまあこれといってすることもないのですが、グリューワイン(ハーブなどをいれた温かいワイン)を飲みつつ店をひやかしました。

クリスマス前の4週間をAdvent(アドヴェント:「到来」というような意味なのですが)といい、毎週ローソクを一本ずつ増やして灯していきます。このローソクを増やしていく行為が、ドイツ人にとってとてもうきうきする行為なのだそうです。クリスマス商戦はどこも同じで、プレゼントを買い求める人でごった返します。そしてクライマックスの24日、25日はほとんどの店が休みで街はシーンとしてしまいます。みんな自分の所属する教会のミサに参列します。こういう日に旅行に出かけると悲惨な目に遭います。私も同僚とクサンテン(Xanten)といういかにもキリスト教という感じの街へ行ってみたのですが、寒い上に町がシーンとしているのでさらに寒く感じました。こういう日は自分がキリスト教徒でないことが残念になります。

ドイツで働く際には就労ビザを取得するのですが、届出用紙には自分の宗教を記入する欄がありました。ドイツは政治と宗教がかなり密接に関係しており、カトリックの人だと教会税というものを納めるようです。これがけっこうな額のようで、払わない人も多く、教会は税金を納めてもらうよういろいろ考えて必死になっています。しかし税金を払わないとお墓に入れないということなので、そろそろという人はきちんと納めるようになるのだそうです。

さてピアノの話ですが、この時期は楽器店も稼ぎ時で出荷も多くなります。私が働いていたのがピアノの卸会社でしたので、12月前の時期が最も忙しかったです。特にバイエルン地方は敬虔なカトリックが多く、早々に運送業者も休暇に入るので納期がきつかった記憶があります。憂鬱な11月(日がだんだんと短くなっていく月なので)をなんとかしのいで、12月のクリスマスを家族と過ごし、そして新年を迎える。ドイツ人にとって12月は長い冬の最大のイベントだと思います。
新年は日本と違って2日からほとんどの会社は始まります。
それはまたの回に書きたいと思います。

2007.12.07 ポーランド音楽界の重鎮を迎えて


ショールームの年末は名伯楽たちのレッスンが相次いで行われています。
先日のブロンズ教授につづいて、グダニスク音楽院教授のイェジー・スリコフスキー氏が公開レッスンを行いました。K・ツィメルマンもコンクール前に師事し、数多くのピアニストを育てていらっしゃるようです。

レッスンの合間にお話を聞かせていただいたところ、今回使った1930年製のプレイエル・モデルFについて非常に満足をしているとのこと。また「ハンマーの形状をもう少し変えると倍音の出かたが変わるのでやってみては?」と提案もしてくださいました。普段は試弾などで使用されているので、時間がある時に整形して聴いてみようと思いました。

モデルFはアクションが現在のものとはかなり違うので、調整は試行錯誤という感じです。当時のアクションは、あまり細かい調整はむつかしいということも聞いています。タッチは個人で好みが違うので、万能な調整というものはそもそもないのでしょうが、まずは自分が納得いくタッチを作りたいです。それでピアニストに意見をうかがい、また考えては調整をする、その繰り返しでしょう。

古いピアノの話になったところでスリコフスキー氏のピアノの話になりました。氏は自宅に1929年製のスタインウェイや1910年製のベヒシュタインをお持ちだそうで、その後者ハンマーは驚くことに当時のオリジナルであるとのことでした。一度ファイリング(ハンマーフェルトを剥き、音を整える作業)をしただけで、まだまだよい音を出してくれるそうです。
ベヒシュタインは前の持ち主がほとんど弾かずにいたもので、響板なども全く修理の必要がなく、アクションと鍵盤の接合部分を少し改良したくらいとのこと。ぜひ今のピアノと弾きくらべをしてみたいものです。

先月のイヴ・アンリ氏、先日のブロンズ氏に続き、スリコフスキー氏もベヒシュタインを個人でお持ちというのはうれしいことです。ベヒシュタイン、スタインウェイ、ベーゼンドルファー、プレイエル、ザウターなど。いろいろなピアノを弾くことでその違いと良し悪しがわかってくると思います。
「違いがわかる男たち」というのはやはりかっこいいです。

2007.12.04 バッハの権威


12/2()日にヴィレム・ブロンズ氏が、ショールームにて非公開でレッスンをされました。
オランダのアムステルダム音楽院の教授で、バッハ演奏の権威とのこと。平均律クラヴィア曲集を前日に演奏されています。毎年来日され、マスターコースを開いていらっしゃるようです。

ご自身がベヒシュタインをお持ちで、また音楽院での指導にも使用されているということで、急きょ当初予定していたピアノをベヒシュタインに変更しました。
レッスン後、教授にベヒシュタインの魅力などお聞きしました。まずは音が非常にクリアーであるということ。一台一台違いはもちろんあるのだが、クリアーであるということが他のメーカーのピアノと比べた時に顕著である、とおっしゃっていました。「クリアーで音が濁らない」ベヒシュタインのよさを最大限に引き出せるような調整、調律に技術者は努めていかねばならないと思います。

使用したピアノに関しては、非常に満足いったご様子でした。しかし本日初めて弾くにもかかわらず、ベスト・フレンドと言い切れるのはさすがだと思いました。これまでの経験の豊富さが言うのを可能にするのでしょうか。
ピアニストは例外はありますが、自分の楽器を持ち運びしないで、その場にあるピアノを演奏しなければなりません。状態のよいもの、あまりよくないものいろいろあるが、そのなかでどう自分の音楽を表現していくかが大切になっていくのだと思いました。「その場にある楽器の状態を最上のものにし、演奏者の音楽表現の手伝いをする」、ということが技術者の存在意義だと思います。それも経験のなせる技でしょう。

余談ですが、私は今平均律クラヴィア第1集の10番と24番を練習中です。24番のプレリュードは非常に美しいと思います。バッハにベヒシュタインは合うなあと思いながら今日も練習して帰ります。

オランダの人にしては小柄なブロンズ先生。「バッハの権威」というと、いかめしい人を想像するけれど、笑顔の優しい方でした。ショールームへのメッセージをお願いすると「状態のよいベヒシュタインを準備してくれてありがとう」とうれしいお言葉(クリックすると拡大します)。ぜひ、来年もいらしてください!

2007.11.23 小さな名器


先日ショールームにベヒシュタインの小型グランド・モデルSが入庫しました。
150センチ程で非常に小さく、小曲を弾くのに最適な感じがします。
かつてロンドンにベヒシュタインの工場があった時のもので、いろいろな資料が戦争で焼けたため、はっきりとした製造年がわかりません。70年くらいは経っていると思われるのですが、しっかりとした造りにさすがは堅牢なベヒシュタインだなと感心します。
今日はそのピアノの低音のダンパーを調整していました。V字型のダンパーフェルトで2本の弦を止めるのですが、音の止まりが左右均一になっていないものがあったからです。
ダンパーの調整は、自分がもっとも不得手とする工程で、非常に神経を使います。
音を出すことはすごく簡単なのですが、音を止める(しかも小さいフェルトで)ことはとても大変なことだと思います。故意に少し音を残すということはありますが、基本的に鍵盤を戻したら音は消えなければいけないので、フェルトの位置、角度、タイミングがすごく重要になってきます。どうやっていい音を出すか?ということが調律師にはまず求められますが、音をうまく消すということも当たり前のことながら求められます。

ピアニストにとって、鍵盤のタッチが一番重要なチェック箇所ですが、ペダル(ダンパー、ソステヌート、シフト)部分も同等に重要箇所だと思います。。その2箇所でしかピアニストは音をコントロールできないからです。
ベヒシュタインの弾き込みピアニストをされていた方が、「ベヒシュタインのペダルの踏み方は、8段階あります」とおっしゃっていましたが、本当に微妙な調整が必要だと思います。数をこなしていかなければ身に付かないことだと思うので、これからも常に心がけて調整に励みたいと思います。

2007.11.08 公開レッスンにて


11/5にショールームで行われたイヴ・アンリ教授(パリ国立音楽院)の公開レッスンとコンサートは非常に盛況でした。
当初1930年代のプレイエルと、現在のプレイエルを弾きながらのレッスンを予定していたのですが、フランスからの輸入が遅れ、100年前のベヒシュタインVモデルとのレッスンになりました。

ピアノのことで心配をしていたのですが、さすがはパリ国立音楽院の教授、すぐにピアノになじんでいる様子でした。後で聞くと、アンリ教授自身1880年代のベヒシュタインのセミコンをお持ちとのこと。ショールームのVモデルについても、「とても貴重なものだ」とおっしゃっていました。

レッスン後のミニコンサートは,あまりの人数で立ち見もでてしまい、私は部屋の外で聴いていましたが、
ラヴェルの「道化師の朝の歌」が素晴らしかったです。プレイエルの軽やかな響きにこんなにも合うのか!と同僚と驚いていました。曲と楽器と弾く人、このマッチングがうまくいくと、ほんとに素晴らしい音楽になるのだなあと感心しました。

こういう貴重な体験ができるのは幸せなことですが、それを支える仕事に就いている者として、もっともっと勉強しなければいけないなあと思った一日でした。

2007.11.03 名器ベヒシュタインE型の調律

今日は東京工業大学でコンサートがあるため、使用されるピアノの調律に行ってきました。
ベヒシュタインのE型フルコンサートグランドで、学内のコンサートで使用され、その渋い音色を響かせています。このピアノは私の先輩が修理したというのを聞いていたので、今日は調律をしながらじっくりと観察していました。国立大学や官公庁には明治期にドイツからかなりの数のベヒシュタインが納入されたと言われていますが、これもそんな1台です。

ハンマーや弦は新しいものに変えられていますが、アクション機構は昔のまま。非常に頑丈で長持ちしていると感心します。かなり古いピアノですが、それを本来の目的である演奏に使用し、そしてそれを自分が調律していることに感慨を覚えました。これを修理した先輩もさぞかし誇りに思っているでしょう。中音域のいぶし銀な響きは、現代のピアノにはなかなか求められないものです。

演奏される曲は、シューマン、ショパン、ドビュッシーなどで、どれもベヒシュタインの音色にマッチするだろうなと思いました。特にドビュッシーは自分も何曲か弾いたことがあるので、どういう弾き方、響かせ方をするのか興味があります。
古いピアノはペダルの感じが現代のものとかなり違うので、演奏者は慣れていないと難しいと聞きます。幸い今日の演奏者は、何回かこのピアノで練習をされているそうなので、その点は安心でした。

次回は12月に合唱の伴奏に使用されるとうかがっています。これからもずっと長く使用されるために、メンテナンスをしっかりしていきたいと思います。

2007.10.26 小さな巨人

今回はショールームの看板ピアノのベヒシュタインについて書きます。

ベヒシュタインの強みは、何といっても「アップライトが最高!」ということです。
もちろんグランドピアノも他の三大メーカーにひけをとりませんが、アップライトピアノがここまでいいというメーカーは他に見たことがありません。コンサート8という最高機種は、低音の恐ろしいくらいの迫力に驚かされますし、クラシック118という一番小さいモデルも「小さいのにこんなに鳴っていいのか?」と弾いてみて圧倒されるお客様が多くいらっしゃいます。
私も弊社で技術研修生をしていた頃はベヒシュタインのアップライトに触れて、音色、音量だけでなくアクション部分の美しさ、正確な造りに感動したものです。「いつか自分もピアノを置ける場所ができたら、ベヒシュタインのアップライトを買おう」とひそかに思っていました。

ドイツで仕事をしていた約2年半の間に、各地でベヒシュタインのピアノを見ましたが、今最も勢いのあるピアノメーカーだと思います。聞くところによるとドイツのピアノ販売店では、ベヒシュタインを置いていないとお客様が来ないと言われているそうです。
先日ベヒシュタイン社のシュルツェ社長が来日しましたが、講演の中でベヒシュタインのシェアについて語っていたのが印象的でした。ピアノ界のスタンダードと思われているスタインウェイのシェアのうち、7割が公共施設、残りが個人ユーザであること。ベヒシュタインの場合、それがまったく逆であること。つまり、個人のレッスン用や家庭での楽しみのために買ってくださっていることです。
ピアノをたしなむ方の多くがアップライトを愛用してらっしゃることを考えると、いかにベヒシュタイン製のアップライトが高く評価されているかということではないでしょうか。
日本ではまだまだ知名度は低い気がしますが、知っている人は知っているピアノではなく、誰もが知っているピアノメーカーになる日もそう遠くないと思います。

今ショールームには、ベヒシュタイン・アップライトのカラーバリエーションもそろっております。一度その音を聞きに来てください。ちょっとした事件だと思います。
写真左から、加藤マイスター、ベヒシュタイン社CEOカール・シュルツェ氏、技術総責任者レオナルド・ドュリチッチ氏、筆者(尾山)、ベヒシュタイン・クラシック124モデル

2007.10.14 浜松楽器博物館にて


 昨日、K様のチェンバロを納品に浜松へ行きました(SASSMANN 0.6)。
 なんとか無事に納品は終わり、せっかく浜松まで来たのだからと近くにある楽器博物館へ寄ってみました。調律学校の時、一度来たことがあるのですが、その時よりももっと「中を見たい!」と思いました。実際構造や音などを見たり、聞いたりできるといいのですが、管理保存の面で難しいのでしょう、ほとんどが手を触れてはいけないと表示されています。
 ちょうどチェンバロ(カークマン)のレクチャーをされていたので、「ふむふむ」という感じで聞いていました。かなり複雑な構造のチェンバロだったので、調整が難しいだろうなと思いました。
 そこでプレイエルの古いグランドピアノがあったのでパチリ。半鉄骨の並行弦タイプのものでした。他にも長方形で両側に鍵盤があるグランドピアノもありました。学芸員さんのお話では1925年製で、当時50台くらい製造されたうちの一台だそうです。あまり売れなかったそうですが、戦争や火事で燃えて、現存するものは少なく貴重とのこと。構造的に同じフレームなので、張力のバランスがその都度変化して、調律が難しいとのこと。ペダルの構造も、一方が踏むともう片方も踏んだ状態になるよう工夫されていました。実際このピアノで演奏した録音も出ているようですが、自分が弾いている以外の音が、自分の弾くピアノから聞こえてくるので演奏者も大変なのではないか?と思いました。

 プレイエルは昔チェンバロも作っていたメーカーで、いろいろな試みをしているのだなあと思いました。今度ショールームにも1920年代のプレイエルのグランドが入る予定があります。ぜひ見にきて弾いてみていただきたいと思います。まあそういう自分が一番弾いてみたいのですが・・・。

2007.10.05 プレイエルの調整


今日は、プレイエル・アップライトピアノの最高機種であるP131というモデルを調整しました。
ショールームに入ってきてすぐに一度調整をしたのですが、「働き」と言われるハンマーの戻る量がうまくでてこなかったので、いろいろ考えた結果キャプスタンボタンの位置を変えることにしました。鍵盤とピアノアクションをつなぐ重要な個所ですが、ここを変えるとタッチが重くなったり軽くなったりします。ですのであまり変えたくはないのですが、ほかの所はほぼ正しい調整数値になっているため決断しました。
かなり働きもでてきて、タッチもしっくりきました。P131はもともと大きいので音量は出るのですが、タッチがもたつきやすいので注意が必要です。
プレイエルの音は何とも言えない甘い艶があり、私はすごく好きなのですが、一台一台の個性が強いので、一番いい状態にもっていくのが難しいピアノだと思います。明るくて、少し輪郭がぼやけたような、それでいて芯はしっかりある音に惹かれます。ただ、弾きにくいのは自分だけで、お客様にはすごく弾き易いということもありますので、いろいろな方の意見をこれからも聞いて、調整に生かしていきたいと思います。
本日はドビュッシーの「パスピエ」を練習して帰ります。

2007.09.30 SALVE!

はじめまして、ユーロピアノ東京ショールームで技術主任をしております尾山格(おやまいたる)と申します。毎日ピアノを中心とした楽器に携わり仕事をしているのですが、その中で感じたこと、考えたことなどを、拙い文章ではありますがこの度つづってみようと思い立ちました。
日々私がどのように考えてショールームで働いているのかお話しして始めの言葉にしたいと思います。
私はショールームを、お客様をそこへ招いて、ピアノを見てもらい、触ってもらい、感じてもらい、考えてもらう、そういう場所にしたいと考えております。その上でもちろんお客様にご満足、納得いただけるピアノを探すことに全力を尽くしたいと考えています。
「ようこそ!ユーロピアノ東京ショールームへ!」という気持ちで、心よりお客様をお待ちしております。
どうぞこれからよろしくお願い申し上げます。
 
*タイトルの“SALVE”はラテン語で「ようこそ」という意味で、ワイマールにあるゲーテハウスの入り口床に書かれています。